沖幸子イメージ
仕事人秘録
日経産業新聞連載

 新たな家事の形探るE

   1985年末、沖氏は日本に帰国し、ライオンに復帰した。
   
   
元の職場に戻ると、今度は新しい化粧品のマーケティングを担当してみないかと打診さ
  れました。しかし、引き受けてしまうと3年近く退社できなくなります。
   すぐにでも掃除ビジネスを始めたいと思っていた私は部長にそのことを打ち明けてみま
  した。すると、「社内ベンチャーでやってみたら」との返事。「株式は持てますか」と尋ねる
  と、「一切持てない」と言われたのが残念でした。
   新年度に入り、広報部に異動しました。マスコミ対応でラジオに出演したり、商品説明を
  したりと、様々な仕事をこなしました。会社に対して一通りの恩返しはできたと考え、86年
  末に退社いたしました。
   さあいよいよの起業です。しかし、その当時は今では考えられないくらい、会社設立の
  手続きが煩雑でした。登記のために発起人を7人集め、資本金は500万円用意しなけれ
  ばなりません。定款に記載する業務内容にも苦労しました。
   当初考えていた「掃除の代行」のビジネスでは当局に家政婦のあっせんせはないかと
  誤解されたため、知り合いの弁護士と相談して、「家事の請負」でなんとかOKをもらいまし
  た。
  

  
 起業後3カ月仕事なく
 
   
87年1月17日沖氏は友人と2人で会社を創業した。

  
 偶然ですが、この日は父の誕生日でした。仏滅でしたが、妙にうれしかったことを思い出
   します。フリーライター時代に知り合った3歳年上の野口幸子さんと一緒に「家事のステー
   タスを上げる」「女性の家事負担を軽減する」という目標を掲げました。
    オフィスは東京・港区の増上寺近くに構えたので、税込み家賃は決して安くない月9万
   2700円。きつい・汚い・危険の「3K」の仕事だからこそ、見かけが肝心と考えた結果でし
   た。
    自分たちでチラシを作り、郵送も始めました。ところが、約3ヶ月たっても顧客が全く来ま
   せん。雇っていた5〜6人のパートの方にまで同情される始末でした。エアコンどころかファ
   ックスもないオフィスで必死に知恵を絞り、賃貸アパートなどの住人が退去する際のクリー
   ニング需要に狙いを定めました。
    しばらくして受注した最初の仕事は、間取りが2Kの1室にある換気扇の掃除でした。代金
   は1つにつき2000円前後でしたが、喜々としてJR代々木駅前のアパートの2階に飛んで行
   きました。
    2人で掃除に取りかかりましたが、換気扇を回すと、油が飛ぶようなひどい汚れです。
   古い汚れが固まって、全く落ちなかった。気づくと12時間ほど経過していました。
                                        (2010.12.21 日経産業新聞)

 


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